今回より数回に渡って熊本の旅について書きます。どうぞよろしく。
第13回 文学ひとり旅・熊本1
松濱軒正面
 時々ふらっとひとりで旅にでたくなります。
熊本に行くことにしました。今回の一番の目的は八代(やつしろ)です。事前に熊本出身の人に八代のことをきいてみると、 「八代亜紀の出身地だということしか知らない」、「特に何もないから見るべきところはない」などというありがたい回答を 頂きました。JR熊本駅から普通列車に乗り換えると、35分で八代です。

 内田百間の『阿房列車』に「松濱軒(しょうひんけん)」という名前が数回でてきます。百間はここに何度か泊まっています。目的もなく旅にでるあの内田百間が、近くに来たら立ち寄りたくなるお気に入りの場所、とあらば実際にこの眼で確かめたいものです。
松濱軒でもらったパンフレットによれば、元禄元年(1688年)に建てられた八代城主松井家の茶室であるとのことです。昭和天皇をはじめとする皇室の方々も訪れたといいます。

 松濱軒は、八代駅からなかなか来ないバスに乗って15分位の所にあります。
ところで八代のバスの運転手さんは、信号待ちの間に席を離れて車内の窓を開けてまわります。福岡ではこんな光景は考えられません。平日の為なのか、若い人を全く見かけず、コンビニではおばあさんがパンなど買っています。

  寄ってきます
 『阿房列車』には、「庭の豪奢なのに一驚を喫する。」から始まり、庭の様子が細かに描写されています。
庭を望むと、目の前に池があり、睡蓮が浮かんでいて、鯉が泳いでいます。ちょうど菖蒲の見ごろで、よい時期に行けたことに感謝しました。しばらく岩に腰掛けてぼーっと鯉や満開の菖蒲を眺めたり、池のちいさな橋を渡ったりして過ごしました。「八代の鴉は声柄が悪い。」というとおり、からすがしきりに鳴いていました。「鳩が五六羽いて、うずくまって、ふくれて実に景気の悪い顔をしている。」ような素敵なところです。

 同じ敷地には展示室が2つあるのですが、切符売り場の方に「ぜひ見て行ってください」と勧められました。やきもの、書、掛軸等の松井家所有の宝が展示してあります。何気なく入った展示室で出会いがありました。

 江戸前期の画家、狩野洞雲益信の掛軸に見入ってしまったのです。
それは名所図というもので、吉野山、富士山、竜田川の3景が別々に描かれて並べられています。吉野山では、山中でのぼんやりした美しい桜の絵に「むかしたれかかる桜の花をうへてよし野を春の山となしけむ」と和歌がそえてあります。何と趣味の良い人なんでしょう!どれも四季を写した緻密な絵で、選ばれた和歌も趣があります。ひっそりとしまわれていなかったお陰で出会えました。きっと松井家でも自慢の宝だったことと想像します。後で調べてみると、好きな絵師である河鍋暁斎も狩野洞雲益信に学んだということがわかり、好きなものってこうしてつながっているんだなと感慨深くなりました。

 松濱軒絵はがきセットを購入して、八代を後にしました。

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