日々好んで読んでいる本のただの感想です。
第16回 大杉栄「大杉栄評論集」(1996年 岩波文庫)

 編集者としての大杉栄が好きです。
 荒畑寒村との『近代思想』、妻である伊藤野枝との『文明批評』は理想の雑誌です。執筆者は渋六こと堺利彦、上司小剣、伊庭孝、土岐哀果、山川均、宮島資夫、若山牧水など多数。その雑誌掲載の論文が読めるこの評論集、幸徳秋水の影響も受けたであろうその堂々たる文章は有無を言わせぬ説得力があります。大正時代に書かれた文章ですが、言文一致で書かれており、現在のこむずかしい論文よりも明解です。

 『近代思想』は大逆事件後の社会主義が弾圧された冬の時代に文学、思想、社会学、自然科学などの読み物で読者を啓蒙する目的で発刊されました。
 大杉栄自身、ファーブルの『昆虫記』を訳したり、ベルグソンやダーウィンも読んでいます。青鞜の女性に対し、文芸に関することばかりで良いのか、自然科学や経済学の知識なくして社会の実相を理解できるのか、と批判している程幅広い知識の持ち主です。

 しかし後にintellectual masturbation(智識的手淫)にすぎないとして『近代思想』を自ら廃刊することになります。
「Bourgeoisの青年を相手にして、訳の分らぬ抽象論をするかわりに、僕らの真の友人たる労働者を相手にして、端的な具体論に進みたい。」
 これは知識階級は労働者に同情したり、上から見下ろして指導するのではなく、労働者とともに生活し、ともに叛逆すべきという大杉栄の考え方です。大杉自身、「籐椅子の上にて」で友人土岐哀果の小紳士的生活から出る態度へ苦言を吐きながらも、自らについて「僕自身は革命家だと自称している。〜革命家が聞いてあきれる。そしてその資格のない他人が革命を云々するからといって、冷笑したり罵倒したりする僕自身の軽薄さ加減がいやになる。」と書いています。

 「僕は精神が好きだ」より「思想に自由あれ。しかしまた行為にも自由あれ。そして更には動機にも自由あれ。」という言葉は私の座右の銘になりつつあります。大杉栄の行動力、頭の良さ、堂々とした生き方に憧れます。

 なお、表紙のイラストは友人の漫画家である望月桂が描いています。「困っているときの大杉栄の癖」だそうです。もともと望月桂が画、大杉栄が文を担当した『漫文漫画』という共著におさめられていたもので、この本には他にも当時の社会主義者らの似顔絵と寸評、軽妙なエッセイが載っていて楽しい本です。


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