このコーナーでは、ポーランドが生んだユニークな作家(兼画家)ブルーノ・シュルツの作品を紹介してゆきます。私の拙い文章でどれだけシュルツ作品の魅力をお伝えできるかどうかわかりませんが、おつきあいいただければ幸いです。なお、文中の引用はすべて新潮社の「ブルーノ・シュルツ全集」(工藤幸雄訳)からのものです。
第5回 祖 国

 ブルーノ・シュルツは1892年にポーランドの地方都市ドロホビチ(現在はウクライナ領)に生まれました。父ヤクブ・シュルツは生地商の店を営む商人でしたが病弱で、ブルーノが23歳のとき癌で亡くなっています(心の病もあったようで、ブルーノ・シュルツの小説に頻繁に登場する「父」のモデルでもあったようです)。
 ブルーノには兄イズイドルと姉ハニアがおり、兄は石油業界(当時のドロホビチは油田の開発で栄えていた)の大物に出世するほどの実務家でした。第一短編集「肉桂色の店」の出版の費用を援助したのもその兄でした。しかし1935年に兄が急死し、その遺族、やはり病気がちだった姉ハニアの生活がブルーノの肩にのしかかり、高等学校で美術教師をつとめながらの苦しい生活が始まります。
 ブルーノ自身も体が弱く、鬱病や生まれ持った心臓、腎臓の病気に悩まされながら、細々と創作活動を続けたようです。

 ブルーノが生涯において関わりを持った3人の女性がいます。3人ともそれぞれに文学的才能のある女性で、ブルーノとの文通も頻繁であったのですが、手紙の多くは大戦中に焼失しています。いつも恋をしていたにもかかわらずブルーノは独身のまま50年の短い生涯を終えました。病気や生活の苦しさに加えて、ユダヤ人であったためにナチスの迫害を受け、結婚どころではなかったのだと思います。

 「祖国」は、初めて読んだとき私にとってあまり面白みのない作品でした。ブルーノ・シュルツ作品につきものの異様な迫力も、イマジネーションの輝きもそう感じられません。でも、彼の人生を考えあわせたとき、この小さな作品は心に染みるものがありました。「祖国」で彼は、結婚生活に対する憧れ、穏やかな家庭生活への夢を語っているように思えます。それらは20世紀に初頭をポーランドのユダヤ人として生きた彼には願ってもかなわない夢だったのでしょう。

 子供の視点で描かれたものが多いシュルツ作品のなかで、珍しく大人の視点で描かれている作品です。


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