このコーナーでは、ポーランドが生んだユニークな作家(兼画家)ブルーノ・シュルツの作品を紹介してゆきます。私の拙い文章でどれだけシュルツ作品の魅力をお伝えできるかどうかわかりませんが、おつきあいいただければ幸いです。なお、文中の引用はすべて新潮社の「ブルーノ・シュルツ全集」(工藤幸雄訳)からのものです。
第7回 肉桂色の店

 子供の頃よく見た夢で、こんな夢があります。 ---いつものように登校していると、通学路に今まで見たことのない横道があって、興味にかられてついつい入り込んでしまう。この道はどこに向かうんだろうと思いながら歩いていると、一度しか会ったことのない親戚とか、転校していった友達とか、色んな人々と出会う。そうしながら歩き続けると、ずっと行ってみたかったけど、ひとりでは行けなかった場所に辿り着く。--- シュルツの「肉桂色の店」を読んだとき、そんな子供のころの夢を思い出しました。その「肉桂色の店」のあらすじは次のようなものです。
 
 冬のある夜、家族と一緒に劇場に出かけた少年は、父が忘れてきてしまった財布を取りに、ひとりで家に戻ることになる。星明かりの下で街路はしだいに数を増し、架空の市街地を生み出し始めた。冬の夜が作り出した幻想の横道に、少年は財布のことを忘れ誘われるように入り込む。そこには夜遅くまで開いている、個性的で気品ある店々があるはずであった。少年の憧れの対象であるそれらの店にはこんな商品が並んでいる。
 ・・・・・ 魔法の小匣、遠い昔に滅びた国々の切手、支那の写し絵、異郷の鳥類の卵、ガラス管入りのホモンクルス、奇覯本や特製本 ・・・・・
 しかし、少年は店に辿り着くことができず、傍らにいた駆者に誘われ辻馬車に乗り込む。その夜は、一年に一度しかない夜であり、「神の預言的な指先に触れられ、歓喜や霊感の訪れる時」であった。馬車の旅を終えた少年は、広場で級友たちに行き遇い、夜明けの銀色の光の中を通学路に向かい始める。

 シュルツが「自伝的な小説」と呼んでいる、この神秘的で輝かしい一夜の物語は、私にとってどこか懐かしく、昔のアルバムを眺めているような気分にさせてくれます。


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